グーグルで検索

Google

日曜日, 8月 31, 2008

 T-ボードというものに乗ってる私です。
 一見スケートボードのようにも見えますが、ローラーが前後一輪ずつになってるところが違います。故にただ立ってるだけでもバランスを取り続けなければなりません、写真はある程度スピードが出ているためバランスは取れているのですが、板が静止している状態ではもっと不格好になります。この乗り物、スノーボーダーの夏の練習用に作られたそうですが、確かに身体を傾けた方向へ進んで行きます。ある程度カービング・ターンに慣れた人でなければ取り回しに苦労するでしょう。事実、この前日に乗っていた女の子はスノーボードの初心者といっても良いレベルの人でしたが、本人でさえどうやって転んだのかわからない転び方をして頭の前後にコブができていました。大事にはいたりませんでしたが、おでこの擦り傷は当分治らないでしょう。雪でも擦り傷ができることがあるのにアスファルトが相手ではたまったもんじゃありません。実はこのあと自分も擦り傷をつくるはめになりました(^^ゞ)
→脳内ミュージックはT-BOLANの「JUST ILLUSION」
 

日曜日, 8月 24, 2008

 フラのチームです。
 青森市新町の歩行者天国で行われたイベントに参加していました。職場の連中も何箇所かのブースに展示やPRを行っていたのですが、割と地味な内容が多く、このブースだけは場違いなくらいに華やいでいました。普段からみっちりと練習していたのでしょう。ここだけ南国の雰囲気で、好天にもめぐまれていたため多くの人が立ち寄って見ていました。ところでこれ全員青森の人?
→脳内ミュージックは「Kaimanahila」

日曜日, 8月 17, 2008

 恒例の平内町ねぶた運行です。
 毎年この日(8月15日)に夏祭りの行事で夜間の運行が行われているのですが、今年もお手伝いに来ました。あいにくの雨にもかかわらずたくさんの人が、跳人、囃子、曳き手などで参加しています。お盆のこの時期に行われるのは、やはり地元に帰ってくる人が多く参加者が増えることを期待してのことだと思います。元町のねぶたはいつも曳き手も多く、交代しながらねぶたを押しているのですが、残念ながらこの日は曳き手が足りなくて私は終始押し続けました(結構腰に負担がきます)。また、もうひとつこの日について語っておかなければならないことがあります。それは「終戦記念日」であること。戦没者の霊を慰めるため全国で慰霊祭がおこなわれ、国民が黙祷を捧げる日でもあります。ところが、静かに黙祷を捧げ、先祖の御霊を供養すべきその日に、まるで場違いのように元気な産声で産まれてきた人間もいるのです。そう、私のように・・・
→脳内ミュージックはO.M.D.の「エノラ・ゲイの悲劇」

日曜日, 8月 10, 2008




 以前超常現象などを取り上げることで有名な雑誌で読んだことがあったのですが、ある少年が癌に侵され、年齢が若いこともあって進行が早く医者も1年も生きられないだろうと家族に言ったそうです。ところがこの少年は事実を知った上で戦う決意をします。どんなことをしたかといえば、毎日毎日イメージを繰り返し行いました。そのイメージとは、スターウォーズに出てくる敵の巨大な戦艦に向かって戦いを挑む戦闘機のパイロットになり何度も何度も攻撃し、ついにその戦艦を破壊するといったものだそうです。その結果・・・
 少年の身体を蝕んでいた癌細胞は完全に消滅してしまい、医者も驚いたという話です。よく「病は気から」という言葉を耳にしますが、この場合「生は気から」とでも言いましょうか。とにかく不思議な現象が実際に起こったのだそうです。大人の人間がこの少年のような病状に陥ったら、こんなことを考える余裕をもてる人は極稀かとは思いますが、こういう強い気持ちで病に立ち向かう姿勢だけは見習いたいと思っています。
→脳内ミュージックはミーコで「STAR WARSのテーマ」

木曜日, 8月 07, 2008

 今年も青森へやってきた飛鳥Ⅱ。
 全長241m×全幅29.6m、総トン数50,142t世界旅行にも行ける日本が誇る豪華客船です。毎年ねぶた祭の最終日に青森港へ寄港し、花火大会の最中に海上運航のねぶたに見送られて青森港を後にします。世界旅行に船で出かけようと思えばヨットでももちろん行けますが、やはり何ヶ月も暮らすことを考えればこんな豪華客船で行きたいものです。どんな客層の人たちが利用するのか想像もつきませんがやはり憧れます。
→脳内ミュージックは井上陽水の「冷たい部屋の世界地図」

日曜日, 8月 03, 2008

 青森市柳町にある黒猫屋という店です。
 一度も行ったことはありませんが看板に惹かれました。私個人、黒猫には大分縁があるようでして古くは昭和50年代に大学受験の時に、キャンパスに向かう途中で目の前で車に轢かれたのが黒猫でした。以来何故か暗黒の大学生活を送る羽目になりました。また、妻が飼っていたのも黒猫でこちらは14歳という長生きの猫でした。さらに自分がクルーとして乗り込んでいるヨットが「ブラックキャット」という名前です。
 15~16世紀頃のイタリアでは黒猫は「悪魔の手先」とされ年間6万匹もが殺害されたという記述があります。ただ風貌が不気味というだけでこれだけ虐待を受けたというのは驚きです。日本でも目の前を黒猫が横切ると不吉だという迷信が残っているくらいですからどれだけ嫌われていたのか(;_;)、とても不憫でなりません。霊的にはとても位が高いとされる猫なのに・・・
→脳内ミュージックは皆川おさむの「黒猫のタンゴ」